縁のある人

人は、生まれてから死ぬまでの間に、多くの人と出会います。
中には、ずっと繋がり続ける人もいますし、疎遠になってしまう人もいるでしょう。
知人、友人、恋愛関係、仕事関係、家族の繋がりなど、その関係性は様々です。
繋がり続けることができる人と、疎遠になってしまう人の違いは、ズバリ!縁があるかないかに関わっています。
例えば、一時は疎遠になっていても、自分の人生の節々に偶然再会する人はいませんか?
大喧嘩をして疎遠になったのに、何かのキッカケで再会してから大親友になったということもあるかもしれませんね。
縁のある人は、人生においても重要な存在になりますので、“縁”に気付くことが大切です。

・偶然の出会い
約束もしていないのに、会いそうもない場所で、偶然出会ってしまう人はいませんか。
そういう方とは、引き合うような縁があります。
自然な形で偶然顔を合わせる機会が重なる関係は、親友のような関係や異性なら夫婦になって生涯を添い遂げることも有り得ます。

・共通項が多い
縁のある人とは、内面の深いところで共通していることが多いでしょう。
不思議と出会って短期間で本音で語ることができ、表現し難い信頼関係を結ぶことができます。

・良いことに恵まれる
縁のある人と一緒にいるということは、その関係性に良いエネルギーが生まれます。
ですから、自然と良いことが起こったり、良い知らせを受けるなど、良いことに恵まれます。

・何度も再会する
縁のある人とは、必ず再会します。
卒業を機に離れ離れになってしまっても、ケンカ別れをしても、或いは離婚をしても、縁があれば必ず再会する機会があります。

・共感し合う関係
最も大きな特徴として、縁のある人とは共感し合えるということが言えます。
悲しいときや嬉しいときに同じ感情を抱いたり、同じタイミングで同じものを食べたいと思ったり、同じものを観て同じ感想を持つなど、多くの共感を得ることができます。

そうした人が周りにいる場合、それは“縁”のある人だと気付いてください。

縁切りしたいときにするのが→これ!

誰にでも、『苦手な人』や『嫌いな人』はいるでしょう。
中には「縁を切りたい」と本気で悩んでいる方もいます。
恐らく、縁を切りたいと本気で悩んでいる人ほど、四六時中相手の人のことを考えていますよね。

「あー・・、嫌だ」
「会いたくない」
「連絡が来たらどうしよう」
「この間、言われたことが許せない」

これは、『苦手』『嫌い』という感情で縁が結ばれている状態です。
『苦手』『嫌い』という感情で、相手の人が自分の中で大きな存在になっているのではないでしょうか。
嫌なことを思い出し、さらに想像し、腹を立てたり落ち込んだりしながら、自分の思考がその人との縁を切らないのです。

縁を切りたいなら、思考の中に相手を入れないこと、考えないこと、即ち“忘れ去って居ないものとして暮らすこと”です。
人の意識は、エネルギーとなって相手を引き寄せます。
嫌な意識で引き寄せた相手との関わりは、マイナスエネルギーが働きかけることになります。
ですから、この先も良い関係になることは期待できないのです。
相手に向けた感情は、必ず自分に返ってくるのですから。
ですから、どんなに縁切りしようとも、自分の意識の中にその人が在る限り縁を切ることはできませんし、「苦手だ」「嫌いだ」と意識するほどに、波動が相手を引き寄せます。

ただし、縁を切る際に罪悪感を感じたり、自分の気持ちを否定的に捉えてしまう場合、その気持ちを払拭する必要があります。
縁を切るには、それ相応の理由があるはずです。
自己肯定感を持ち、人を嫌った自分を否定しないことです。
そういう人との縁を切ることは、自分を誠実に受け入れるということです。
自分の波動を変えること、そうすることで自然と縁は切れるものです。

親との縁を切るということ

「子どもは親を選べない」と言いますが、実際にはそんなことはありません。
子どもは、まだ肉体を持たない魂の次元で、神様のもとで親になる人を選んで「あの人のところへ生まれたい」と要望を出します。
神様の了承を得られれば、その人のところに命として宿り、生まれることになります。
ですから、親子関係は魂レベルで縁がある繋がりだということです。

しかし、昨今の言葉でいうところの『毒親』という存在は、子どもを苦しませ、決して幸せをもたらす存在ではありません。
それでも、縁のある存在として、親との縁を守っていかなければいけないのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
親であっても、自分の魂を傷つけるような存在は、縁を切っても良いのです。

というのも、ほとんどの『毒親』は、『毒親』に育てられています。
いわゆる“連鎖”した関係です。
その連鎖した関係をどこかで断ち切らなければ、今度はご自身が『毒親』になってしまう恐れがあるということです。

『毒親』に育てられたという方は、振り返ってみてください。
恐らくあなたは、そんな親でも大好きだったのではないでしょうか。
愛を以て、親に分かってもらいたいと健気に我慢を重ねたはずです。
しかし親の魂のレベルが低すぎて、或いはカルマが強烈すぎて、あなたの思いは親には届かなかったのではないでしょうか。
「私を愛して」「僕を愛して」という言葉にできなかったエネルギーは、まっすぐに親に受け止めてもらうことはなかったということです。
縁を断ち切ることに罪悪感を抱く必要はありません。
縁を切るには、それ相応の理由があるのですから。
あなたはあなたのエネルギーでご自身を守って、自己肯定感を強く持ち、自分自身としっかり仲直りしてください。
必ず、幸せは訪れます。

夫婦の縁を切るということ

夫婦は、縁があって婚姻関係を結びます。
これはスピリチュアルにおいても、言えることです。
しかし縁があるのなら、なぜ離婚をするのでしょうか。

「本当は縁がなかったのかも?」それも有り得ます。実は結婚の縁はなかった、ということもあります。
離婚するケースには、夫婦二人で乗り越えなければいけない試練を全て乗り越えてしまったので、魂のレベルをアップするためにお互いに必要な存在ではなくなってしまった、ということがあります。
スピリチュアルでは、魂のレベルをアップしていくことが生きる目的となっていますので、人には必ず試練が与えられます。
また、逆に、与えられた試練を乗り越えられずに、夫婦関係を破たんさせる場合もあるでしょう。

ただし、中には乗り越える必要のない試練もあるということを覚えておきましょう。
人は過去世でやり残したことや思いを、カルマとして現世に持って生まれます。
そして、カルマを消化しようとするのです。
そうすることで、来世に持ち越すことがなくなるからです。

例えば、過去世で傷つけられた相手に恨み辛みを言うことができないまま人生が終わってしまった魂は、現世でその相手を探し出し、出会って結婚し、「あなたのせいで自分は幸せになれない」ということを相手に示し、離婚をします。
これは一例に過ぎませんが、現世でわざわざ相手を探し出して恨み辛みを果たすということは、実は珍しいことではありません。
逆に、親切にしてもらった相手や、命を救ってくれた恩人などに対しても、探し出して恩返しをしたり尽くしたりすることがあります。

離婚するための縁。
夫婦には、このような妙な縁があることを覚えておきましょう。

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千里眼

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