好きな人が夢に出てくるとき

好きな人がいるからと言って、簡単に夢に出てくるものではないでしょう。
夢に出てくると、その夢にどんな意味があるのか知りたいと思うかもしれませんね。
しかし実際には、好きな人と楽しく過ごしている夢や仲良くデートをしている夢などは、願望が夢となって現れたものに過ぎず、ほとんど特別な意味はないでしょう。
ただし、夢の中でも印象に残っていることがあれば、何かを暗示している場合もあります。

お喋りをしていても、目線が合わない夢

思いが届いていない、気持ちが伝わっていないことを暗示しています。

相手のリードでデートをする、手を繋ぐなど

相手がリードしている夢の場合は、恋愛がうまくいく可能性があります。
連絡を取ってみると良いでしょう。

抱きしめられる夢

正面から抱きしめられた場合は、『愛されたい』という欲求。
後ろから抱きしめられた場合は、相手も好意的に感じていることを暗示します。

電話をかける、かかってくる夢

自分から電話をかける夢は、好きな気持ちが高まっていることを表しています。
相手から電話が掛かってくる夢は、相手が伝えたいことがあるかもしれません。
電話が途中できれるのは、思いが通じていないことを暗示しています。

ケンカする、怒られる、怒る

恋人としての関係を結ぶのではなく、友人として親しくなることができます。

冷たい態度を取られる夢

恋の発展は難しいでしょう。

フラれる夢

実際に振られる可能性があります。
或いは、自信を失っている場合もあります。

好きな人が死ぬ夢

恋が終わりを迎える暗示です。
フラれるのではなく、自分の中で好きな人のことを整理することができるでしょう。

好きな人が夢に出てくるときというのは、実はその恋愛が上手くいっていないことが多いようです。
つまり、上手くいっているときほど夢には出てこない、ということです。
好きな人が夢に出てきたら、自分の中に不安や不満がないかを考えてみましょう。

既婚者を好きになってしまったときのスピリチュアルな考え方

既婚者を好きになってしまうという経験は、決して珍しいことではないでしょう。
もちろん、好きになること自体は悪いことではありません。
全ての人間は、自由意思が尊重された『経験の学び』が与えられているので、選択する物事や行動は自己責任で自由が認められています。
『自己責任での自由』とは、自分がとった行動によってどんなことが起こっても、「全て自分が引き受ける」ということを納得した上で行動するという意味です。
憧れや小さな恋心であれば、一種の生活の張りとなることもありますし、何かを壊したり、失うこともないでしょう。
しかし一定のラインを超えるような特別な恋愛感情を持った場合、相手が既婚者であれば、バランスが崩れ、何かしらの不具合が生じる可能性があります。
私たちが生きるこの世の中には、『カルマの法則』があります。
『カルマの法則』とは、自分がしたことは必ず自分に返ってくる“原因と結果の法則”のことで、既婚者との恋愛が深い関係になった場合はカルマが自分に返ってくることを考えなければいけません。

相手の家庭が壊れてしまう。
自分のパートナーとの関係が破綻する。
親子関係における信頼が崩れる。
会社に知られて社会的に失墜する。

例えば、上記のようなことが起こらなくても、誰かに知られることがなかったとしても、それは表面的なことだけで、スピリチュアルではカルマの法則が作用します。
必ず、何らかの形で自分に返ってきますし、下手をすれば来世にまでカルマを持ち越すことにもなり兼ねません。

既婚者との恋愛=不倫は、知られなければいいということではありません。
誰かを裏切ったり、相手の人に裏切らせてしまうということが、必ず自分に返ってきます。

長い人生では、既婚者を好きになることや、既婚者の立場で誰かを好きになることもあるかもしれませんが、表面的なことではなく、カルマが自分に返ってくることを深く覚悟する必要があるでしょう。

好きな人に会いたいと思う気持ち

好きな人がいれば「会いたい」と思うのは当然でしょう。
しかしその「会いたい」という気持ちを、よく考えてみてください。
本当に「好き」という気持ちから「会いたい」のか。
それとも、好きな人に執着する思いから「会いたい」と思うのか。
その違いは非常に重要です。

執着心という感情は、愛ではありません。
人は、自信がなく満たされていないと感じると、幸せの証を持っている物や出来事などで証明しようとします。
それが執着心に繋がります。
愛と執着を混同してはいけません。

「好きだから会いたい」と思う気持ちは、執着になるのでしょうか。
好きな人がいれば「ずっと一緒にいたい」と考えますが、それも執着なのでしょうか。

このことに関しては、紙一重のようなところがあります。
しかし明確な違いとして、『心から湧き上がる「会いたい」や「一緒にいたい」という感情』なのか、『不安や恐れから感じる感情』なのかのを考えてみてください。
『心から湧き上がる感情』の場合は、執着にはなりません。
しかし『不安や恐れ』から「会いたい」「一緒にいたい」と思うのは、その人に執着しているということです。
それは“愛”ではありません。

どうしても『不安や恐れ』を伴う場合は、浄化が必要だと言うサインです。
『不安や恐れ』からできているエネルギーを浄化することで、純粋に「会いたい」と思う“愛”だけが残るでしょう。

元カレ・元カノを忘れられないことの意味

全ての経験には無駄はなく、たとえ元カレ・元カノを忘れられないということにさえ、スピリチュアルでは意味があります。
何かを学ぶために物事は起こり、その体験自体に学びがあります。

『元カレ・元カノを忘れられない』ということは、つまり『過去に執着している』ということです。
過去への執着は、“手放すこと”を学ぶために経験していると考えましょう。
現実的に手放さなければいけないのは、元カレや元カノではありません。
執着している理由を考えてください。

元カレ・元カノは自分を愛してくれた

=自分自身が自分を愛していない
=自己否定を手放す

元カレ・元カノがいないと寂しい

=元カレ・元カノ以外の世界を持っていない
=自立できない自分を手放す

執着には必ず原因があります。
過去への執着は体験から自分を客観的に見ることで、その原因に気付くことができるでしょう。

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