カルマ=因果応報

『カルマ』と『ダルマ』という言葉をご存知でしょうか。
『ダルマ』は自然の流れを指し、『カルマ』はその流れを止めることを意味しています。
カルマは日本語で言うと『因果応報』と訳すことができます。
因果応報は、善い行いには良い報いがあり、悪い行いには悪い報いがあるということです。
元々は仏教語で、最近は悪い方に使われることが多いようですね。
原因によって生じた報いを意味しています。
カルマは元々ヒンズー教の教えですから、宗教に纏わる思想であるということでは一致していますね。

どのような形であっても“自分の行いは自分に返ってくる”という思想がカルマの法則です。
「言いたくても言えなかったこと」「羨ましかったのに意地悪してしまったこと」「ごめんねと言いたかったのに逆に怒ってしまったこと」
こんなことを誰でも経験したことがあるのではないでしょうか。
“思ってもできなかったこと”それもその時の自分の気持ちです。
すべては自分に跳ね返り、良くも悪くも返ってきます。
ただし、見返りを期待して良い行いをしようとするのは間違いです。
そこには「良い見返りがあるように」という自分の本心がありますから、その気持ちが跳ね返ってくることになるでしょう。

誰もが抱える人生のカルマ

カルマとは、それぞれの魂が掲げる課題です。
つまり、魂が知りたいと願っていることや、人生で抱える疑問や矛盾などに対する“回答”が返って来ると捉えると良いですね。
そして魂は、実はこの課題の回答を出すことをプロセスとして楽しんでいます。
それが魂の成長に繋がるのです。

魂にはそれぞれのカルマがあります。
しかしこの世の魂のすべてが抱える共通のカルマも存在するということを知っておいてください。

・自分は何者?
・自分は何を目指しているの?
・幸せって何?
・自分が心から求めているものは何?
・なぜ苦しみながら幸福に繋がらない努力をするの?
・どうしたら本当の自由を手に入れることができるの?
・なぜ変化を恐れるの?
・恐怖から解放されるにはどうしたらいいの?

などがあります。
ほかにも魂は多くのカルマを抱えてこの世に生まれてきます。
しかし多くの幸せを経験しようとしてこの世に生まれるため、ポジティブであることには間違いありません。

傷つけ合う恋愛はカルマメイトかもしれない

とても好きになれる人と出会って、相思相愛になり、愛し合う二人だったはずなのに、気付くと傷つけ合う関係になってしまうことがあります。
経験がある方も少なくないのではないでしょうか。
お互いに惹かれ合い、心から愛し合っていることは分かっているのに、なぜか上手くいかず苦しい恋愛になってしまう・・。
傷つけ合う恋愛は、相手との間で前世からのカルマがあり、今世で出会うことが決まっていた関係であることが考えられます。
それはもしかしたら『互いに憎み合うカルマメイト』の可能性があるでしょう。

カルマメイトとは、過去世でも何らかの関係があった魂です。
過去世において、何かの形で傷つける出来事があり、その因縁を今世に持ち越した関係だということです。
そして今世で因縁を解消するために出会う魂を“カルマメイト”と言うのです。
解消されなかった因縁は、前世の宿題となって今世に現れ、解消されるまで付いて回るものです。
過去世でどんなことがあったのか知る由もない今世の自分は、それがカルマであることに気付かないままその道を通ることになるでしょう。
決して避けて通ることはできませんので、カルマメイトは必然的に出会うと言って良いでしょう。
そしてカルマを解消することで、魂はステップアップするのです。
ですからもしも誰かを傷つけたまま人生を終えた場合、必ず来世まで因縁は続きます。
そしてまた、カルマを解消するためにその人と出会うのです。

お金のカルマ

では最後に、お金のカルマについてお話ししましょう。

お金がたくさんあるとどう感じますか?
喜びや安心感などを感じるのではないでしょうか。
では、お金が足りないときはどうでしょう。
不安感や苦しみを感じますね。
しかしたくさん持っていることで奪われる不安を感じたり、人を信じることが難しくなることもあるでしょう。
またお金を受け取るには、何らかの物や奉仕などの対価となります。
想定以上にお金を受け取ることには罪悪感を感じるかもしれませんし、或いは感謝の気持ちを持つかもしれません。
お金は物を買ったりサービスを受けるために必要な“ツール”ではありますが、人の感情を動かす力もあります。
いずれにしてもお金は人の人生に大きく影響し、生き方を変えることもあるものです。
個々によってお金のカルマがあれば、尚更大きく影響するでしょう。

お金の悩みは愛の悩み?

もしもお金がなくても、すべてを与えてくれる存在が常に傍に居てくれたら、人はお金がなくても不安になることはないでしょう。
何不自由ない生活がそこにあれば、どんなにお金があってもほとんど本来の意味を持たなくなってしまいます。
例えば全世界でお金を排他することができたら、人々は互いに与え合い、お互いを満たし合って生きていくことはできるでしょうか。
それこそが『無償の愛』なのです。
すべての人が無償の愛を持つことができれば、お金の不安から解放されることができます。
しかし実際にはそんなことは叶いません。

では考えてみてください。
お金で様々なものを得ることができますが、そこに愛は存在しているのでしょうか。
たくさんのお金を手にすれば、周りの人に対して「お金目当てじゃないのか」と不安になることもあるでしょうし、相手の本当の気持ちを見ることはできません。
つまりお金は、そこにあるだけであらゆる人間関係の本質を覆い隠してしまっているということです。
確かにお金は人の人生を変える力がありますし、お金に翻弄される人生もあるでしょう。
人によっては過去世からのカルマを抱えている人もいます。
生きていくためにお金が必要である限り、終息することができない問題ではありますが、お金のカルマと対峙するときには『お金の悩みは、本当は愛に関する悩みである』ということを覚えておくことです。

千里眼

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