人が孤独を感じる意味

誰でも、孤独感を感じることはあります。
どんなにたくさんの人と関わって生きている人でも、孤独感を感じることはあるのです。
孤独を感じるのは、人間関係が上手くいっていないとき、仕事や生活上で上手くいかないことがあるとき、弱音を吐きたいときなどでしょう。
中には、学校や職場などで人と合わず、孤独を感じている方もいるでしょう。

孤独感を感じると、人は「自分は誰からも必要とされていない」「自分なんか居なくてもいいのかもしれない」「自分は愛されていないんだ」と考えかもしれませんね。
そんな気持ちになって今これを読んでいる方は、ちょっと考えてみてください。

“あなたが居なくなったらどうなると思いますか?”

「自分が居なくなったって、世界は何も変わらない」そう思った方がいるとしたら、それは非常に嘆かわしいことです。
慰めでもなんでもありません。
周りをよく見てください。
生活する中で、人生を生きていく中で、誰でも誰かと関わっているはずです。
誰とも関わらずに生きている人は居ないのです。
つまり、人が一人居なくなるということは、必ず誰かに影響を与えるということなのです。
「自分が居なくなったって、世界は何も変わらない」
そのようなことは有り得ません。何も変わらないなどということはありません。

この世に存在するすべての人は、必ず何かしらの役目を担い、使命を持って生まれてきます。
そうです、『人は必要とされている』ということです。
忘れてはいけません。この世で今世を生きているのは誰かに愛されているからであり、その存在が必要だからなのです。
そして人には守護霊がいます。
どんなに現実的に孤独を感じることがあっても、守護霊様は必ず守ってくれています。
目に見えることも何かを感じることもない存在ですが、誰でも守護霊様に見守られているということを覚えておきましょう。

もしも孤独を感じることがあったら、それは「自分の内側を見てみなさい」というメッセージかもしれません。
守護霊様がいることを意識し、守られていることを実感するために与えられた孤独感ということもあるでしょう。
守護霊様への感謝の気持ちを持つことで波動は上がり、波動が上がることで自分のまわりに同じ波動の人が集まり、そして孤独感から解放されるのです。

孤独な人が持つ過去世のカルマ

世の中には、結婚をせず子どもを持たずに、孤独な人生を送る人がいます。
孤独な人の中には、孤独であることが辛いと感じる人もいれば、全く辛さはなく幸せを感じて生きている人もいます。
「一人が辛い」「一人が楽」その感覚はひとそれぞれでしょう。

『孤独が辛い』という人は、その孤独を乗り越えることが学びであり、魂の成長につながることが考えられます。
自立心を身に着け、自分を強くすることが目的であったり、人間関係の構築を学ぶためということもあるでしょう。
また、過去世で人を仲間を裏切り傷つけたことがカルマとなって、今世でカルマを解消するために孤独になっている場合もあります。
こうしたケースでは、孤独という形が動機になり、人間関係を構築する手段を学ぶことになるでしょう。

では、『孤独でも幸せ』という方はどうでしょうか。
幸せである以上、乗り越える学びにはなりませんが、『孤独でも幸せ』という方は孤独であることに逃げずに生きることを学びます。
人づきあいが苦痛な方にとって、孤独は逃げにもなってしまいます。
しかし人は一人で生きていくことはできません。
ですから、孤独であることは幸せでも、人に助けを求めたり、人に手を貸したり、様々な形で人と関わることを経験し学ぶでしょう。
また、過去世で子どもをたくさん産み、自分の人生を子育ての忙しさで終わらせた人や、出産や子育てで体を壊した人などは、今世で子どもを産み育てることをお休みすることがあります。
ほかにも、過去世で家族のことで苦労した人や、出産や子育て以外の重要な使命を持って生まれてきた人は、家族を持たずに孤独な人生になることがあります。

孤独だということは決して悪いことではないのです。
そこには学びがあり、そこから派生することや発展することが必ずあります。
スピリチュアルでは、孤独であることこそ、学びのチャンスだと考えても良いでしょう。

天涯孤独な人

両親を早くに亡くし、兄弟姉妹もなく、親戚もいない、そうした天涯孤独な人がいます。
天涯孤独な人の人生には、スピリチュアル的にはどのような意味があるのでしょうか。

「自分が何か悪いことをしたのだろうか」
「誰も頼る人がいない」
「孤独が怖くて生きるのが辛い」

天涯孤独な状況は、『孤独感を感じる』というのとは全く質が異なります。
会いに行ける親や兄弟姉妹がいて、その中で孤独に生きている人と、どんなに会いたいと願っても二度と会うことができずに孤独に生きている人とでは、その人生は違うものとなるのです。
天涯孤独な人は、『家族』という形を自分が始めなければいけません。
全ては自分のエネルギーで起こさなければならず、それが大きな使命となります。
パートナーを得て、結婚をして家族という形を築き、そこから始まる試練も多いでしょう。
しかし乗り越えた先には、必ず大きな成長が待っています。
そしてご先祖様を敬い、大切に守っていく必要があるのです。

孤独死の意味

スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんは、『孤独死』という言い方を改め『孤高死』と言っています。
人は一人で生まれてきて、一人で死んで行きます。
自律した最期は、『孤独死』と呼ぶには悲観的過ぎると言えますね。
様々な背景や事情があって孤独な人生を歩んだ人が一人で死んでいくことを悲観してはいけません。
人は皆、自分の人生を生きて死んでいきます。
辛いことも悲しい思いをすることもあるでしょうし、耐えがたいことを耐え、苦痛を我慢して生きてきたかもしれません。
しかしそうした人の試練は魂のレベルに見合っており、すべては魂の成長に繋がります。
決して、一人で死んでいくことを恐れる必要はないのです。

『孤独死』=『孤高死』誰でも命に限りはあります。
自分の最期を覚悟し、死を見つめることが大切です。

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千里眼

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